キユーピーマヨネーズの歴史|日本初の誕生秘話と100年続く美味しさの秘密を教えますね

料理

1. 始まりはアメリカでの「衝撃的な出会い」

キユーピーマヨネーズの歴史は、創業者である中島董一郎(なかじま とういちろう)氏が、農林省の海外実習生としてアメリカへ渡った1910年代にまで遡ります。

当時、アメリカで初めてマヨネーズに出会った中島氏は、その栄養価の高さと美味しさに大きな衝撃を受けました。「これこそ、日本人の体格を向上させ、健康を支える食品だ!」と確信したのです。

しかし、当時の日本はまだ「生野菜を食べる」という習慣すら一般的ではなかった時代。中島氏は帰国後、日本人の口に合う、そして栄養価の高い日本独自のマヨネーズ作りへと乗り出します。

2. 1925年、日本初「キユーピー マヨネーズ」誕生

試行錯誤を重ね、ついに1925年(大正14年)3月、日本初となる「キユーピー マヨネーズ」が発売されました。

発売当初から、キユーピーには驚くべきこだわりがありました。それは「卵黄をたっぷり使う」ということ。 本場アメリカのマヨネーズは卵を丸ごと使う「全卵型」が主流でしたが、中島氏はより栄養価が高く、日本人が好むコク深い味わいを実現するために、卵黄のみを使用する「卵黄型」を採用したのです。

ちなみに、発売当時の価格は1瓶(128g)で50銭。当時の米1升(約1.5kg)が約40銭だったことを考えると、かなりの高級品だったことが分かりますね。

3. 「キユーピー」という名前とロゴの由来

なぜ、あの可愛らしいキャラクターが選ばれたのでしょうか? 当時、キユーピー人形は世界中で愛される「幸福のシンボル」でした。中島氏は「このマヨネーズが、誰からも愛される商品になってほしい」という願いを込めて、この名前を採用したそうです。

実は、社名の表記は「キューピー」ではなく、大きな「ユ」を用いた「キユーピー」が正解。デザイン上のバランスを考えて、あえて大文字にしているんですよ。

4. 苦難の時代と「プラスチックボトル」の革命

順調にファンを増やしていったキユーピーですが、第二次世界大戦の影響で原料の調達が困難になり、1943年に一度製造中止に追い込まれます。しかし、終戦後の1948年には、ファンの熱烈な要望に応える形で製造を再開しました。

そして1958年(昭和33年)、キユーピーは大きな転換期を迎えます。それまでの瓶詰めから、現在もお馴染みの「プラスチック製のソフトボトル」へと変更したのです。 この開発には大変な苦労があったそうですが、「最後の一滴まで使い切りたい」「空気に触れて酸化するのを防ぎたい」という消費者の声を形にした、まさに日本独自の革命でした。

5. 美味しさを支える「3つの主原料」への執念

キユーピーマヨネーズが100年近く変わらぬ支持を得ているのは、原料への飽くなきこだわりがあるからです。

  • 卵: 鮮度にこだわり、割卵機で1分間に約600個もの卵を高速で割っています。
  • 植物油: マヨネーズに最適な、キユーピー独自の厳しい基準をクリアした精製油のみを使用。
  • 酢: 醸造から自社で行うオリジナルブレンド。コクを引き出し、保存料を使わずに品質を保つ「殺菌力」の要です。

これら3つが絶妙なバランスで混ざり合うことで、あの「キユーピーにしか出せない味」が生まれているんですね。

6. 環境への取り組みと未来への挑戦

現在のキユーピーは、美味しさだけでなく「サステナビリティ」にも力を入れています。 例えば、マヨネーズを作る際に余る「卵の殻」。これは捨てられることなく、カルシウム補給剤や建設資材、さらには化粧品の原料として100%有効活用されているんですよ。

また、減塩タイプや特定保健用食品、卵を使わないタイプなど、多様化する食のスタイルに合わせた商品展開も、中島氏が掲げた「健康への貢献」という志が今も息づいている証拠です。

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