🩺 日本の医者の始まりは誰? 漢方から蘭学、そして近代医学へ至る系譜を辿る(約1500文字)
「日本の医学の祖」あるいは「日本で初めての医者」は誰だろうか?
この問いに答えるのは簡単ではありません。なぜなら、日本の医療は古代からの漢方医学、江戸時代に花開いた蘭方医学(西洋医学)、そして明治以降の近代医学という、いくつもの大きな波を経て形成されてきたからです。
特定の「初代」は存在しませんが、歴史の転換点で日本の医学を次の段階へ押し上げた、時代ごとの偉大な医師たちの系譜を辿ることはできます。
Ⅰ. 古代・中世の医療:漢方と「僧医」の時代
日本の医学の根幹をなすのは、5~6世紀頃に中国から伝来した漢方医学です。この時代、医療は権力者や知識人によって担われていました。
1. 丹波康頼(たんばの やすより)の偉業
平安時代中期に活躍した丹波康頼は、まさに古代日本の医学の集大成者といえます。
彼は984年に、現存する日本最古の医学書である『医心方(いしんぼう)』を編纂し、朝廷に献上しました。これは、当時の中国の医学書を広く引用し、日本の風土や人々の体質に合わせて医療を体系化したものです。この功績は、日本の医療が中国の模倣から脱却し、独自性を持ち始めた重要な一歩でした。
2. 医療の普及者:僧医と李朱医学
鎌倉時代以降、医療は宮廷から一般民衆へと拡大します。その担い手となったのが、僧侶(僧医)たちでした。
戦国時代には、中国で当時最先端だった李朱医学を日本に持ち帰った田代三喜(たしろ さんき)、そしてその弟子で多くの門弟を抱え医学校(啓迪院)を開いた曲直瀬道三(まなせ どうさん)が登場します。彼らは漢方医学を大きく発展させ、戦国の世に医学を日本各地に広げました。
Ⅱ. 江戸時代の転換点:蘭学と実証医学の夜明け
鎖国時代にあっても、長崎の出島を通じて西洋医学、すなわち「蘭方医学」が少しずつ日本に入り込んできました。これが日本の医学を大きく変えるきっかけとなります。
3. 日本近代医学の祖:緒方洪庵(おがた こうあん)
江戸時代後期、「近代医学の祖」と称されるのが緒方洪庵です。
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適塾の設立: 緒方洪庵は大阪に蘭学塾「適塾(てきじゅく)」を開き、福沢諭吉や大村益次郎をはじめとする、後の明治維新を支える多くの偉大な人材を育てました。
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種痘(天然痘予防)の普及: 洪庵は天然痘の恐ろしさを痛感し、牛痘種痘法を普及させるために尽力しました。これは公衆衛生の概念を日本に根付かせた画期的な活動であり、日本の医療を「経験」から「科学」へ進化させる上で決定的な役割を果たしました。
4. 西洋解剖学の開拓者:杉田玄白と前野良沢
そして、西洋医学の衝撃を日本社会に決定づけたのが、杉田玄白(すぎた げんぱく)と前野良沢(まえの りょうたく)らによる『解体新書』の翻訳です。
1771年、彼らがオランダの解剖書『ターヘル・アナトミア』と、処刑された罪人の人体解剖を照らし合わせた結果、西洋の解剖図が日本の漢方医学で信じられていた「五臓六腑」の図よりも事実に忠実であることに驚愕しました。命がけの翻訳作業を経て1774年に出版された『解体新書』は、日本の医学を実証的な科学の道へと導く、まさに夜明けを告げる一冊となりました。
Ⅲ. 明治以降:女性の道を切り拓いた先駆者
明治維新後、政府は日本の医学を漢方から本格的な西洋医学(主にドイツ医学)へと切り替え、近代的な医師養成制度が確立されました。この近代化の過程で、特筆すべき功績を残した人物がいます。
5. 日本人女医第1号:荻野吟子(おぎの ぎんこ)
「日本の医者の始まりは誰か」という問いを「日本で初めて公的に医師として認められた女性は誰か」と捉えるならば、答えは荻野吟子です。
江戸時代末期に生まれ、結婚後に罹患した婦人病の治療で、男性医師による診察に苦痛を感じたことから「女性医師の必要性」を痛感し、医師の道を志しました。当時の女性が医師になるのは極めて困難で、医学校への入学拒否、医術開業試験の受験拒否など、数々の困難に直面しました。
しかし、彼女の熱意と周囲の支援により、ついに1885年(明治18年)に医術開業試験に合格し、日本人女性で初の公的な医師となったのです。荻野吟子の功績は、単に一人の医師が誕生したことではなく、当時の女人禁制の医学界に風穴を開け、後の女性たちの道を切り拓いた点にあります。
結びに:「初代」は人々の命を救おうとした熱意そのもの
古代の丹波康頼が中国医学を集大成し、中世の曲直瀬道三が全国に広め、近世の緒方洪庵が西洋医学の種を蒔き、近代の荻野吟子が女性医師の道を開いた――
日本の医学の歴史は、これら個々の偉人の「病める人々を救いたい」という熱意が積み重なってできた系譜です。
特定の「初代の医者」を定めることはできませんが、彼らの不屈の精神と、その時代の実証的な知を追求する姿勢こそが、「日本の医者」の原点であり、現代まで連綿と受け継がれている理念だと言えるでしょう。



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