広島県呉市にあるこの海峡は、平清盛(たいらのきよもり)にまつわる伝説が残る、とても神秘的な場所です。
1. 平清盛の「日招き伝説」
最も有名ないわれは、平清盛がわずか1日で工事を終わらせるために**「沈む太陽を招き戻した」**という伝説です。
- 背景: 当時、音戸の瀬戸は潮の流れが速い難所でしたが、日宋貿易の航路としてどうしても開削(かいさく)する必要がありました。
- 伝説の内容: 1164年(長寛2年)、清盛は大規模な開削工事を行いました。しかし、あと少しで完成というところで太陽が沈みそうになってしまいます。
- 日招き: そこで清盛は、近くの山(現在の「日招き山」)の岩の上に立ち、金の扇を広げて「返せ、戻せ」と叫びながら太陽を仰ぎました。すると、一度沈みかけた太陽が空に再び昇り、その日のうちに工事が完成したといわれています。
2. 人柱の代わりに「一字一石経」
開削工事は非常に困難を極めたため、古くからの習わしで「人柱(ひとばしら)」を立てて工事の成功を祈るべきだという声が上がりました。
しかし清盛は、「尊い人の命を犠牲にするのは忍びない」と考え、人柱の代わりに、石に経文を一文字ずつ書き記した「一字一石経」を海に沈めて、工事の安全を祈願したと伝えられています。
3. 音戸の瀬戸の名前の由来
諸説ありますが、古くは「穏(おん)の門(と)」と呼ばれていたという説があります。
- 穏(おん): 波が穏やか、あるいは船が通りやすくなるようにとの願い。
- 門(と): 狭い水路や海峡を指す言葉。
これが転じて「音戸(おんど)」になったといわれています。
4. 歴史的な背景
伝説だけでなく、史実としての音戸の瀬戸も重要です。
- 重要航路: 瀬戸内海を東西に結ぶ重要な通り道であり、古くから多くの船が行き交いました。
- 現在の姿: 1961年に真っ赤な「音戸大橋」、2013年には「第二音戸大橋」が架かり、現在は呉市と倉橋島を結ぶ交通の要所となっています。
見どころスポット
実際に訪れるなら、以下の場所をチェックしてみてくださいね。
- 清盛塚(きよもりづか): 海の中に立つ清盛の供養塔です。
- 日招像(ひまねきぞう): 扇を掲げて太陽を招く清盛の銅像があります。
- 音戸の舟唄: この地で語り継がれる民謡で、「清盛公は……」と伝説が歌い込まれています。


