日本初のホームセンターは誰が作った?「ドイト」創業の父・山崎信雄の情熱とDIYの歴史

コラム

1. 日本初のホームセンター、その名は「ドイト」

結論からお伝えしましょう。日本で初めて本格的なホームセンターを創業したのは、株式会社ドイトの創業者である、山崎信雄(やまざき のぶお)氏です。

1972年(昭和47年)、埼玉県さいたま市(当時は与野市)に「ドイト与野店」がオープンしました。これが、日本におけるホームセンターの歴史の幕開けとされています。

もちろん、それ以前から金物店や木材店は存在していましたが、「住まいに関するものを一堂に集め、消費者が自ら選んで購入し、自分で修繕する(DIY)」という欧米型のスタイルを持ち込んだのは、ドイトが最初でした。

2. 創業のきっかけは、アメリカで見た「驚きの光景」

山崎氏がホームセンターの着想を得たのは、アメリカ視察での経験でした。

当時のアメリカでは、すでに「ペイレス(Payless)」などのホームセンターが普及しており、一般市民が週末にガレージで日曜大工を楽しむ文化が根付いていました。 山崎氏は、広大な店舗に並ぶ膨大な資材と、それを楽しそうに選ぶ人々の姿を見て、「日本もこれから、自分で住まいをより良くしていく時代が来る」と直感したのです。

当時の日本は高度経済成長期の真っ只中。住宅が次々と建つ一方で、住まいのメンテナンスは業者任せが当たり前でした。山崎氏は、**「Do It Yourself(自分でやろう)」の頭文字をとって「ドイト」**と名付け、日本人に新しいライフスタイルを提案しようと決意したのです。

3. 「素人に売れるわけがない」という逆風

今でこそ当たり前の光景ですが、創業当時は周囲から「素人に建築資材やプロの道具を売っても、使いこなせるわけがない」「金物屋や材木屋があるのに、わざわざ大きな店に行く必要はない」と、冷ややかな目で見られていました。

しかし、ドイト与野店がオープンすると、その予想は良い意味で裏切られました。 「自分の家を自分の手で修理したい」「棚を作りたい」という潜在的なニーズは非常に高く、開店早々、多くの家族連れで賑わったのです。

特に、それまでプロの領域だった**「木材のカットサービス」や「DIYアドバイザーによる指導」**といった工夫は、初心者にとって大きな助けとなり、「自分で作れる」という喜びを日本中に広めるきっかけとなりました。

4. 1972年:ホームセンター黎明期のライバルたち

ドイトが先陣を切った1972年前後は、まさに「ホームセンター元年」とも呼べる年でした。

  • JMS(現在のカーマ、DCMグループ): 1970年に実験店を出店。
  • セキチュー: ドイトと同じ1972年に1号店をオープン。

このように、複数の企業が同時期に動き出していました。しかし、店舗の規模や品揃えの豊富さ、そして「ホームセンター」という業態を世間に強く印象付けた功績から、ドイトが「日本初」として語られることが多いのです。

5. ホームセンターが日本文化に与えた影響

山崎氏が撒いた種は、その後大きな花を咲かせました。ホームセンターの普及は、日本の暮らしを以下のように変えました。

  • 防災意識の向上: 家具の転倒防止器具や補修材が手軽に買えるようになりました。
  • ガーデニングブーム: 庭を自分で整える楽しみが一般化しました。
  • ペット文化の変遷: フードや用品が安価に揃うようになり、ペットとの暮らしが身近になりました。

現在、ミニ四駆の改造で使われるような精密な工具やカーボンプレートが身近に手に入るのも、こうした巨大な「DIYのプラットフォーム」が全国に広がったおかげと言えるかもしれません。


まとめ:先駆者が描いた「自由な暮らし」

日本初のホームセンター「ドイト」を作った山崎信雄氏は、単にモノを売る場所を作ったのではありません。**「自分の暮らしを、自分の手で自由に変えていく楽しさ」**という、新しい価値観を日本に定着させたのです。

今度、お近くのホームセンターへ足を運んだ際は、ぜひその広大な売り場を眺めてみてください。1972年に埼玉の一角から始まった挑戦が、私たちの日常をどれほど豊かにしてくれたか、その歴史の深さを感じることができるはずですよ。


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