武田山の歴史といわれを解説!安芸武田氏の拠点「銀山城」と毛利元就の因縁とは

コラム

この山は、かつて広島の中心地が今のデルタ地帯(広島城周辺)に移る前、安芸国の政治・経済の拠点として栄えた非常に歴史の深い場所です。

1. 名前の中にある「武田氏」の歴史

武田山の名前は、鎌倉時代から戦国時代にかけてこの地を治めた安芸武田氏に由来しています。

もともと武田氏は甲斐国(山梨県)の氏族でしたが、承久の乱(1221年)の功績で安芸国の守護に任命されました。その後、一族がこの地に移り住み、山頂に「銀山城(かなやまじょう)」を築いたことから、その一族の名を取って「武田山」と呼ばれるようになりました。

2. 難攻不落の「銀山城」

山頂付近には、今も「銀山城跡」として多くの史跡が残っています。標高約410メートルの急峻な地形を利用した、中世を代表する大規模な山城でした。

  • 銀山の名の由来: 昔、この山で銀が採れたという伝承があり、それが「銀山(かなやま)」という名前のルーツだと言われています。
  • 焼き米の伝承: 戦国時代の末期、毛利元就の軍勢に攻められた際、兵糧庫が焼かれました。そのため、今でも地中から炭化した「焼き米」が見つかることがあり、地元の民話としても語り継がれています。

3. 毛利元就との因縁

武田山は、あの有名な毛利元就が飛躍するきっかけとなった場所でもあります。1541年、元就は大内氏の命を受けて銀山城を攻略し、これにより安芸武田氏は滅亡しました。武田氏が去った後、安芸国の中心はやがて毛利氏が築いた広島城へと移っていくことになります。

4. 周辺にのこる「いわれ」

武田山の麓には、武田氏ゆかりの寺社や地名が今も多く残っています。

  • 毘沙門天(びしゃもんてん): 武田氏が銀山城の鬼門除けとして建立したと言われています。
  • 神武天皇の伝説: 隣接する「火山(ひやま)」には、神武天皇が東征の際にのろし(烽火)を上げたという伝説があり、武田山周辺は古代からの歴史が積み重なっているエリアです。

武田山は、広島市街地を一望できる絶景スポットとしても人気ですが、こうした「戦国時代のロマン」を感じながら登ると、また違った景色に見えてきますよ。

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