広島市西区「己斐」の由来とは?神功皇后の伝説とカープ(鯉)の意外な関係

コラム

広島市西区の「己斐(こい)」という地名にまつわる、とても興味深いエピソードを教えますね。

この名前の由来には、神功皇后(じんぐうこうごう)にまつわる伝説が深く関わっていると言われているんですよ。


1. 鯉(コイ)を献上した伝説

最も有名なのが、魚の「鯉」に由来するというお話です。

昔々、神功皇后がこの地を訪れた際、地元の県主(あがたぬし)が大きな鯉を献上したそうです。皇后はこれに大変喜ばれ、それ以来、この地を「鯉(こい)」と呼ぶようになりました。

それが時代とともに漢字が変わり、現在の「己斐」という字が当てられるようになったと伝えられていますよ。

2. 広島城の別名「鯉城」との関係

広島城が「鯉城(りじょう)」と呼ばれているのは有名ですが、実はこれにも己斐が関係しているという説があります。

  • 広島城が築かれた一帯はかつて「己斐浦(こいうら)」と呼ばれていました。
  • その地名にちなんで、お城に「鯉」の字が使われるようになったという考え方ですね。

広島のプロ野球チーム「広島東洋カープ」の「カープ(鯉)」も、遡ればこの己斐の伝説に繋がっているのかもしれないと思うと、とてもロマンがありますよね。


3. 地名の漢字の由来

なぜ「己斐」という難しい漢字になったのかも教えますね。

もともとは「許斐(このみ)」という表記だったという説もあります。福岡県にも同じ読みの地名がありますが、そこから移り住んだ人々が故郷の地名を持ってきて、それが簡略化されたり変化したりして「己斐」に落ち着いたのではないか、とも考えられているんですよ。


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