【歴史解説】日中戦争の背景から終結まで:8年間にわたる激動の記録
日中戦争は、東アジアの歴史を大きく変えた出来事です。現在も続く国際関係の理解に欠かせない、この戦争の主要なプロセスを振り返ります。
1. 開戦のきっかけ:1937年「盧溝橋事件」


1937年(昭和12年)7月7日、北京郊外の盧溝橋(ろこうきょう)で日本軍と中国軍の間で衝突が起きました。
当初は局地的な衝突で収束する動きもありましたが、両国の不信感は根深く、戦火は上海へと拡大。こうして、宣戦布告のないまま事実上の全面戦争へと突入しました。
2. 戦線の拡大と南京攻略
日本軍は圧倒的な軍事力で北平(北京)、天津、そして当時の中華民国の首都であった南京を攻略します。
しかし、中国軍は重慶(じゅうけい)へと拠点を移し、徹底抗戦を続けました。この時期、中国国内では「国共合作(こっきょうがっさく)」が成立し、国民党と共産党が協力して日本軍に対抗する体制が整えられました。
3. 泥沼化する戦場と「援蒋ルート」
日本軍は主要都市を占領したものの、広大な中国大陸すべてを支配することはできず、戦況は膠着状態(こうちゃくじょうたい)に陥ります。 アメリカやイギリスなどは、中国を支援するためにビルマ(現ミャンマー)などから物資を送る「援蒋(えんしょう)ルート」を確保。
日本はこれを断つために、仏印(現ベトナム)など南方への進出を開始し、これが後の太平洋戦争へとつながる大きな火種となりました。
4.太平洋戦争への発展と終結
1941年、日本が真珠湾を攻撃したことで、日中戦争は第二次世界大戦(太平洋戦争)の一部となりました。
日本は中国・東南アジア・太平洋の広大な地域で戦うことになり、国力は限界に達します。1945年8月、連合国に降伏したことで、日中戦争も終結を迎えました。
5. 戦争が残したもの


この戦争による犠牲者は、両国合わせて数千万人にのぼると言われています。
また、戦後の中国大陸では再び国民党と共産党の国共内戦が始まり、1949年の中華人民共和国の成立へとつながる歴史の転換点となりました。


