聖徳太子は女性だった?救世観音像の謎と歴史に隠された驚愕の真実

コラム

【歴史の闇】聖徳太子は女性だった?教科書が教えない「厩戸皇子」の正体と謎に迫る

日本の歴史上、最も有名な人物の一人である聖徳太子(厩戸皇子)。 十七条憲法の制定、冠位十二階の導入、そして遣隋使の派遣……。誰もが学校で習う輝かしい功績の数々ですが、近年の歴史研究では「聖徳太子という人物は実在しなかった」という説まで飛び出すほど、その実像は謎に包まれています。

そんな中、一部の研究者や歴史ファンの間で密かに、しかし熱く語られているのが**「聖徳太子は女性だったのではないか」**という説です。

なぜ、これほどまでの偉人が「女性」と疑われるようになったのか? 今回はその根拠とされる興味深い説と、歴史の裏側に隠されたミステリーを徹底解説します。


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1. 聖徳太子=女性説の火付け役「救世観音像」の謎

聖徳太子が女性だったと言われる最大の根拠の一つが、法隆寺夢殿(ゆめどの)に安置されている本尊**「救世観音(くせかんのん)像」**です。

この仏像は、古くから聖徳太子の「等身像(生前の姿を写したもの)」であると伝えられてきました。しかし、この像を詳しく観察すると、いくつかの不思議な点に気づきます。

  • 柔和な顔立ちと体つき: その表情は非常に慈愛に満ちており、骨格や立ち姿が中性的、あるいは女性的であると指摘する専門家が多くいます。

  • 「隠された」仏像: この像は明治時代まで、長い間「秘仏」として白い布に巻かれ、僧侶ですら見ることが許されませんでした。フェノロサという美術史家が封印を解いた際、そのあまりの神々しさと「異質さ」に驚愕したと言われています。

もし聖徳太子が完璧な男性指導者であったなら、なぜこれほどまでに女性的な姿で表現され、さらには厳重に隠され続けなければならなかったのでしょうか。

2. 推古天皇との「二人三脚」という不自然さ

聖徳太子の功績は、叔母である推古天皇の摂政(政治を補佐する役職)として成し遂げられたとされています。

しかし、当時の皇位継承争いは非常に激しいものでした。そんな時代に、いくら優秀だからといって、若い甥が女性天皇をこれほど完璧にサポートし、実権を握り続けることが可能だったのでしょうか。

ここで浮上するのが、「聖徳太子と推古天皇は、実は同一人物の側面を持っていたのではないか」、あるいは**「非常に近い関係の女性同士であったのではないか」**という大胆な推測です。

当時の日本は、卑弥呼に代表されるように「女性が神の声を聴き(巫女的役割)、男性が実務を行う」という二頭政治の形が残っていました。聖徳太子が持つ「一度に多人数(10人)の話を聞き分けた」という超人的な伝説は、神の言葉を降ろす「巫女(女性)」としての能力を象徴しているとも読み解けるのです。

3. 「厩戸(うまやど)」という名の裏に隠された意味

聖徳太子の本名は「厩戸皇子(うまやどのおうじ)」です。馬小屋の前で生まれたから、というキリスト教のパロディのような逸話が有名ですが、これにも別解釈があります。

古代において「馬」や「厩」は、神聖な場所であり、巫女が儀式を行う場所でもありました。また、「馬(うま)」が「産む(うむ)」に通じることから、生命を司る女性的な象徴として名付けられたという見方も存在します。

当時の男性皇族としては、あまりにも特異な名前であることも、性別に関する疑問に拍車をかけています。

4. なぜ「男性」として記録される必要があったのか?

もし本当に女性だったとしたら、なぜ日本書紀などの公式記録(正史)では男性として書かれたのでしょうか。

そこには、当時の**「国際情勢」**が深く関わっていたと考えられます。当時の日本(倭国)は、大国である中国(隋)と対等に渡り合おうとしていました。

隋の皇帝に送った「日出づる処の天子…」という有名な国書に対し、当時の中国側は「野蛮な国の無礼な手紙だ」と激怒した記録があります。もし、この時の日本のリーダーが「女性」であると公に知れ渡れば、当時の男尊女卑が強かった中国大陸の文化圏では、まともに相手にされない恐れがありました。

国家の威信を守り、外交を有利に進めるために、あえて**「超人的な能力を持つ男性指導者」という虚像**を作り上げる必要があった……。そう考えると、辻褄が合う部分が多いのです。

5. 結論:真実よりも大切な「祈り」の形

もちろん、現在の歴史学の通説では、聖徳太子は男性であったとされています。しかし、歴史とは常に「勝者や編纂者によって書き換えられるもの」です。

聖徳太子が女性だったという説は、単なるゴシップではありません。それは、古代日本において、女性の持つ霊力や知性がどれほど高く評価されていたかを物語る一つの解釈でもあります。

法隆寺の救世観音像が湛える、あのミステリアスな微笑み。 それが男性のものなのか、女性のものなのか。あるいは、性別を超越した聖なる存在の姿なのか。真実は歴史の闇の中ですが、その謎があるからこそ、私たちは千年以上も前の人物に、今なお惹きつけられるのかもしれません。


まとめ:あなたの目にはどう映りますか?

聖徳太子=女性説。 この説を裏付ける確固たる物証はありません。しかし、歴史のパズルを組み替えてみると、これまで見えなかった「別の日本」が見えてくるから不思議です。

次に法隆寺や歴史資料を訪れる際は、ぜひ「もし、この人が女性だったら?」という視点で眺めてみてください。きっと、教科書の中の無機質な文字が、もっと鮮やかな物語として動き出すはずです。

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