タイトル:鏡の中の「変なおばさん」へ、愛を込めて。
202X年 某日「究極のアンチエイジング」
……あら。 またやってしまったわ。
仕事の合間、ふと鏡を見ると、そこには紫の着物にボサボサの頭、鼻の下を少し伸ばした「あの女」が立っている。 そう、私が長年連れ添ってきた相棒、「変なおばさん」よ。
最近ね、いろんな方に聞かれるの。 「ナオコさん、なんであんなに激しいキャラをやり続けてるんですか?」って。 理由は簡単。 これが一番、私らしくいられるからなの。
「なんだチミは!」は最高の褒め言葉
「なんだチミは!」 「そうです、私が変なおばさんです」
この一連のやり取り、もう何十年やっているかしら。 志村(けん)さんと初めてこのコントを作った時、私は確信したの。「ああ、私はこのために歌手になったのかもしれない」って(笑)。
世の中の女性はみんな、綺麗に見られたい、若く見られたいって必死でしょう? でもね、変なおばさんを演じている時の私は、そんな重力から解き放たれるの。 変な顔をすればするほど、心の中がスッとして、なんだか自由になれる。 「変」でいることって、実は最高に贅沢なことなのよ。
今の時代、みんな正解を探して、普通からはみ出さないようにビクビクして生きている気がする。 でも、誰かに「あの人、ちょっと変じゃない?」って言われたら、それはあなたが「特別だ」って認められた証拠。 胸を張って、「そうです、私が変な〇〇です」って返せばいいのよ。
志村さんと、紫の衣装の魔法
この紫の格子の着物を着ると、スッと背筋が伸びる……というか、膝が少し曲がるのよね(笑)。 自然とあのステップが踏みたくなる。
志村さんは、私がどれだけ壊れても、必ず大きな愛で受け止めてくれた。 私が変な動きをすれば、それ以上に変な顔で返してくれる。 あの阿吽(あうん)の呼吸は、理屈じゃなくて魂のダンスだったんだと思う。
彼がいなくなった今も、私がこの格好をして「だっふんだ」と言うたびに、隣にアイツの気配を感じるの。 「ナオコ、もっといけよ」って、あのニヤけた顔で笑っている声が聞こえる。 だから私は、これからもこの衣装を脱ぐつもりはないわ。 おばあちゃんになっても、腰が曲がっても、もっともっと「変」を極めていきたいの。
美しさと「変」は紙一重
私はモデルや歌手としての仕事も大切にしているけれど、根本にあるのは「面白がりたい」という気持ち。 ステージでドレスを着て歌うのも私。 鼻をつまんで「だっふんだ」と言うのも私。
光があれば影があるように、カッコよさの裏には必ず「おかしみ」がある。 その両方を持ってこそ、人間は深みが出るんじゃないかしら。 だから、私のブログを読んでくれているあなたも、たまには自分を崩してみて。 鏡に向かって、思いっきり変な顔をしてみて。 ほら、悩んでいるのがバカバカしくなってくるでしょう?
最後に、あなたへ
明日、もし道で「なんだチミは!」って叫びたくなったら、遠慮せずに叫びなさい。 もし誰かに変な目で見られたら、小粋にステップを踏んで去っていけばいいの。
人生は一度きり。 「まともな人」で終わるなんて、もったいないじゃない?
さあ、今夜も鏡に向かって練習よ。 せーの、
「だっふんだ」
また会いましょう。 次は、あなたのクローゼットの中から現れるかもしれないわよ。


