はじめに:なぜ私たちは「火星」に惹かれるのか
夜空の中で、ひときわ赤く、妖しく輝く星。それが火星(マーズ)です。古くは戦いの神として恐れられ、近代では「火星人」の想像を掻き立て、そして現代では人類の「第2の故郷」として、最も移住の現実味が語られる惑星となりました。
なぜ、数ある惑星の中で火星がこれほどまでに注目されるのでしょうか。そこには、地球と驚くほど似た性質と、想像を絶する過酷な現実が共存しているからです。今回は、火星の知られざる素顔に迫ります。
1. 赤い大地の正体:酸化した鉄の惑星
火星の最大の特徴である「赤さ」。この色の正体は、実は「錆(サビ)」です。 火星の表面は、酸化鉄(赤サビ)を大量に含んだ塵や岩石で覆われています。地球で言えば、一面が鉄錆の砂漠のような状態です。
しかし、空の色は地球とは逆です。地球の空は昼間は青く、夕焼けは赤いですが、火星では「昼の空がピンク(あるいは茶褐色)で、夕焼けが青い」という幻想的な現象が起こります。これは、大気中に浮遊する細かい塵が光を散乱させる仕組みが地球とは異なるためです。火星に立つと、青い太陽が沈んでいく不思議な景色を眺めることになります。
2. 地球との共通点:意外と似ている「1日」の長さ
火星が「移住先」として期待される最大の理由は、地球と環境のベースが似ている点にあります。
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1日の長さ: 火星の1日は「1ソル(Sol)」と呼ばれ、約24時間39分です。地球の生活サイクルとほぼ同じであり、人間が適応しやすい環境と言えます。
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季節がある: 火星の自転軸は約25度傾いており(地球は約23.5度)、地球と同じように四季が存在します。
しかし、太陽から離れているため、火星の1年は地球の約2倍(約687日)かかります。また、気温は非常に低く、平均でマイナス60℃。夏場の赤道付近では20℃ほどまで上がることもありますが、夜にはマイナス100℃を下回る極寒の世界となります。
3. 太陽系最大のスケール:エベレストを超える山と巨大渓谷
火星の地形は、地球のそれとは比較にならないほど巨大でダイナミックです。
もっとも有名なのが、太陽系最大の火山「オリンポス山」です。その高さは約27,000メートル(27km)。エベレストの約3倍もの高さを誇ります。山の麓の面積は、日本の本州が丸ごと収まってしまうほど広大です。
また、赤道付近には「マリネリス峡谷」という巨大な谷が横たわっています。全長は約4,000kmを超え、アメリカ大陸を横断するほどの長さです。地球最大のグランドキャニオンが可愛らしく見えるほどの圧倒的なスケール感。火星はかつて、これほど巨大な地質活動が起きるほどエネルギーに満ちた星だったのです。
4. 水の謎と「生命の痕跡」
火星探査の最大の目的は、「かつて生命は存在したのか?」という問いへの答えを見つけることです。
近年の探査機(キュリオシティやパーサヴィアランス)の調査により、太古の火星には広大な海や川が存在していた確実な証拠が次々と見つかっています。現在は大気が薄いため液体としての水は表面に存在しにくいですが、地下には大量の氷が眠っていることが分かっています。
2024年以降の研究でも、地下深くの岩石の隙間に、かつての海をすべて満たせるほどの大量の液体状の水が隠されている可能性が示唆されました。もし水があるならば、そこにはかつて、あるいは今現在も、微生物のような生命が息づいているかもしれません。
5. 人類移住計画:テラフォーミングの夢
イーロン・マスク氏率いるスペースXをはじめ、世界中の宇宙機関が「火星有人探査」を目指しています。さらには、火星を地球のように改造する「テラフォーミング」という壮大な構想も語られています。
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大気を濃くして温室効果を発生させ、気温を上げる。
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地下の氷を溶かして海を復活させる。
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植物を植えて酸素を生成する。
これらはまだSFの話のように聞こえますが、技術の進歩は着実にその距離を縮めています。火星に人類の足跡が刻まれる日は、そう遠くない将来にやってくるでしょう。


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