日本国内で「楊貴妃の墓」と伝えられる場所は、山口県長門市(ながとし)の「二尊院(にそんいん)」にあります。
一般的に楊貴妃は中国の馬嵬(ばかい)で命を落としたとされていますが、山口県には「実は密かに日本へ逃れていた」というロマンあふれる伝説が残っています。
楊貴妃の墓(二尊院)の概要
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場所: 山口県長門市油谷向津具(ゆやむかつく)下
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名称: 二尊院五輪塔(楊貴妃の墓)
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特徴: 境内に建つ五輪塔が楊貴妃の墓と伝えられており、山口県の有形文化財にも指定されています。
日本の楊貴妃伝説とは?
長門市に伝わる伝説によると、756年の安史の乱の際、楊貴妃は処刑されたと見せかけて侍女と共に小舟で逃がされました。その後、荒波に揺られて山口県の「唐渡口(とうどぐち)」に漂着したといわれています。
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最期: 漂着した時にはすでに衰弱しており、里人の看病も虚しく間もなく亡くなったとされています。
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供養: 哀れに思った里人たちが、西(中国の方角)が見える丘に葬ったのが、現在の二尊院にあるお墓だと伝えられています。
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玄宗皇帝の贈り物: 彼女の死を知った唐の玄宗皇帝は、追善供養のために「二尊仏(釈迦・阿弥陀如来)」を日本へ送ったという話も残っています。
観光スポットとしての見どころ
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楊貴妃の里: 二尊院のすぐそばには、高さ3.8メートル(楊貴妃の没年齢38歳にちなむ)の大理石製の「楊貴妃像」や、中国風の庭園が整備されています。
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ご利益: 「安産・子宝・縁結び」や「美人になれる」パワースポットとしても有名で、多くの女性参拝客が訪れます。
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地名のユニークさ: お墓がある場所の地名は「油谷向津具(ゆやむかつく)」といい、非常に珍しい地名としても知られています。


