2025年、新しく生まれ変わる広島駅。しかし、私たちの記憶の中に色濃く残っているのは、かつての駅ビル「ASSE(アッセ)」ではないでしょうか? 2000年当時、まだ「エキニシ」が今ほど注目されず、駅北(新幹線口)も開発途上だった頃、ASSEは広島の若者や旅人にとって唯一無二の聖地でした。今回は、ミレニアム時代の広島駅ビルが持っていた、今思えば特別だった「人気のひみつ」を紐解きます。
1. 「学校帰りの女子高生」がトレンドを作っていた

2000年当時のASSEといえば、何と言っても**「ヤングファッションの殿堂」**でした。 今のようにネット通販が普及していない時代、広島市内の女子高生や大学生にとって、ASSEは最新トレンドを確認する情報の拠点。
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ひみつの理由: 広島市内だけでなく、呉線や山陽本線を利用する通学圏内の学生が、電車待ちの30分で「サクッと寄れる」絶妙な距離感。
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あの頃の風景: 1階から3階にかけて並ぶアパレルショップ。厚底ブーツやショップ袋を提げた若者たちで、通路が埋め尽くされていました。
2. お好み焼きの「聖地」としての圧倒的存在感

広島駅ビルの歴史を語る上で、6階のお好み食堂街は外せません。2000年当時、すでに観光客と地元民が入り混じるカオスな熱気がありました。
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ひみつの理由: 「駅ビル=高い・味がそこそこ」という常識を覆す、名店の集結。
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あの頃の風景: 『麗ちゃん』をはじめとする人気店の行列。修学旅行生と、仕事帰りのサラリーマンが隣り合わせでヘラを振るう光景は、広島駅ならではの日常でした。
3. 「待ち合わせ」という文化が生きていた

スマホが普及し始めたばかりの2000年。待ち合わせは「駅の改札横」か「ASSEの入口」が定番でした。
ひみつの理由: 1階のインフォメーション付近や、パン屋(アンデルセン)の香りが漂う入り口付近は、常に誰かを待つ人で溢れていました。

あの頃の風景: 「アッセの階段下で!」という一言で通じる安心感。そこから本通まで歩くか、駅ビル内で遊ぶか決めるワクワク感が、あの場所にはありました。
4. 独特の「昭和・平成レトロ」が混在するカオスな魅力

2000年代のアッセは、最新のファッションビルを目指しながらも、どこか「駅ビルらしい」懐かしさが同居していました。
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ひみつの理由: 地下(B1F)の食品売り場や生活雑貨、上の階のクリニックなど、キラキラした若者文化と、生活感あふれる空間が縦に積み重なっていたこと。
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あの頃の風景: 屋上へ続く階段や、少し年季の入ったエレベーター。新しさと古さが共存しているからこそ、どんな世代でも自分の居場所を見つけることができました。
まとめ:ASSEは広島の「玄関口」以上の場所だった
2000年代の広島駅ビル「ASSE」は、単なる商業施設ではなく、広島を離れる人を見送り、帰ってきた人を迎える「街の体温」そのものでした。
今の洗練された新駅ビルも素敵ですが、あの少し狭い通路で感じた熱気や、お好み焼きのソースの香りが漂う駅ビルの空気感は、私たちの青春の1ページとして永遠に色褪せることはありません。

